私について

私について、真面目に詳しく。

私:nao

1988年生まれ、現在27歳。

百貨店勤務。

興味にムラのある面倒くさがりで、好きなことしか勉強したくない。好きな家事は皿洗い、洗濯は干すのから畳むのまでが大嫌い。基本的にはスペイン語と三味線で構成されている。音楽は雑食だけど特にクラシック、バイオリンの小品とピアノの独奏が好き。最近はスペイン語の歌を漁るのも趣味。

今までの歩み

子供の頃

1988年、生まれて間もなく兵庫県の明石に父の転勤のために引っ越し幼少時代を過ごす。小学校入学前の1月に阪神大震災を経験、特に人生観に影響はなく育つ。2年後、横浜に引っ越して現在の市に引っ越して今の家に…とそこそこ移動した。通った小学校は三つ。

2002年、中学生の時。日韓W杯のためにはるばるアルゼンチンからやって来た兄ちゃん達と遭遇し、時差12時間の地球の裏側と日本が本当につながっているという事実に衝撃を受ける。今でも中南米地域に絶えぬ興味を持ち続けており、ブエノスアイレスの空の下に憧れを抱いている。

大学受験の際は本気でスペイン語学科を目指したものの、英語がちょっと足りなくて落ちてしまった。その代わり、なぜか方向性の全く違う都内某マンモス大学の法学部に入学。その頃は高校の担任の影響で社会科学にも面白みを感じていたので受けていたものの、これは間違った選択だったような気がする。

大学時代

入学間もなくして行った東京高等裁判所での裁判の傍聴にて、他人の人生を左右する弁護士や検事といった仕事は自分には向いていないと早々に悟る。

法律学は面白くもあったが、自然と勉学に対するモチベーションは下がり、大学一のガチ学部として名高い法学部の中では当然落ちこぼれた。法律科目の成績はB以上を取ったことがない。

入学と同時に入部した古典邦楽のサークルで三味線と運命的に出会う。和楽器に初めて触れてその音と世界に見事にはまり、それ以降の大学生活の大半を三味線に費やすこととなる。

大学にはスペインやメキシコの大学と交換留学のプログラムがあったが、留学なんてしたらお稽古に行けなくなっちゃうしとか言い訳をつけて、留学に踏み切ることができなかった。大好きな三味線を言い訳に使ってしまったことを、今でも死ぬほど後悔している。

なんとなく働いていた頃

就活の面接で自己アピールや志望動機を語るのが苦手すぎて、周囲に取り残されたまま卒業。その後は結婚式場でバイトをしたり短期で働いたりしたものの、4年ほど前に現在の百貨店の派遣に収まり現在に至る。

スペイン語とは縁なく過ごしていたが、2015年春にスペイン旅行に行くことになり、2014年春より学習を再開。

週5日8時間労働の生活も5年目を迎えようとしていることに気づき、「このまま死んだら、あれもこれもしたかったと後悔するんじゃないだろうか」と自問し始め、海外で生き抜く術を探っている。

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長年の相方。

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