【33日目】同じ感覚をもつ人はいない。何もしないでわかってもらおうなんて思わないこと

人の感覚というものは違うものです。その事実を受け止めましょう。安易に否定なんてしたくありません。

卒業後すぐに韓国旅行に行くことになって、なんとか寂しさも薄まりそう?なnao@suiheilineです。こんにちは。

私はおこがましくも日本文化を伝える一端を担えたらいいなあなんて甘いことを考えているのですが、そのためには何をすればいいでしょう。そのまま伝えてわかってもらうのは、難しそうです。

何を良いと思うか・悪いと思うかは、国によって・突き詰めてしまえば人によっても違うからです。

美しさって全然違う

ここに三枚の写真があります(海外の経験が少ないのでサンプルがあまりなくてすみません)。

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スペインの教会

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台湾のお寺

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そして日本の神社

どれも祭祀場です。何かを祈願したり、お参りをしたり、死者を弔ったり、似たような機能を持つものであっても、随分と違いがあります。ここに、好む色彩や、宗教観が出ているような気がします。

こういうものに囲まれて生きてきて、それぞれの感覚がかけ離れているのなんて一目瞭然です。同じものを良いと思うわけがありません。

ある日のこと

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切りつけはともかくとして、盛り付けは結構きれいだと思うのですがどうでしょう?

涼しげに見えますか?

はい、わたしにはそう見えます。

先日、私は先生の見本を見て、涼しげですねーとつまらない月並みな発言をしてしまいました。

先生は「いやそりゃ夏の食べ物だからね」と笑いつつ、でもこういうのって、海外では伝わらないんだよねと。これのどこが涼しげなんだ?と不思議な顔をされるのだと話していました。

同じく、私はタイやヒラメの薄造りだったら皿の色が透けるくらい薄いのが綺麗だと感じますし、実際に薄造りというのは薄く切るだけ喜ばれます。けれど、海外では薄造りを厚く切って欲しいと言われたりすることもあるそうです。

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それ、ちがう料理(ただの刺身)だけど。

結局、自分の自由にできないもの

こういった感覚というものは、もう生まれ育った環境に依存するとしか言えません。その中で生まれ育てば自然とそういう感覚が養われるのです。

日本には明確な四季があって、それを愛でる文化が古来から育っていたのです。ちひさきものはみなうつくしと書かれたように、繊細なものを好む文化がありました。

なぜこれが涼しげに見えるのか?と言われて明確に説明できる人はいないでしょう。確かに、色がこういう感じだ・形が…と理由を言ってみることはできるでしょうが、物事を判断する基準が人によって違うのだからどんなに力説しても伝わりません。

もう当然のようにそう感じるとしか言いようがない。自分がそれを感じないのが理解できないのと同じ気持ちで、相手もこれのどこが良いんだ?もっとこうした方が良いじゃないかと思っているに違いありません。

一度は飲み込んでみよう

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私は花も好きだけどこういう地味な苔とかも好き

好きじゃない料理、気に入らない色彩。確かに自分の感覚に照らせば理解できないものもたくさんあるでしょう。

ですが、それはただ自分の趣味じゃないというだけです。そこにあるということは、たぶんそこにいる人には好まれるものなのです。需要が一切なかったら、出会うことはないはず。

不味いと、派手すぎるから美しくないと拒絶するのでなく、違うことは面白いと思ってみましょう。趣味じゃないならそれで良くて、好きにならなきゃいけないというわけではありません。

自分の感覚も、相手の感覚も、どっちも良いものです。これで、その場所・人について、ひとつ新しいことを知ることができます。

分からないから、擦り合わせていくのだ

自分の外の、理解できない事象に対して苛立ちを覚えたり、腹を立てたり、そんなことをしても仕方のないことなのでしょう。料理が美味しいとか不味いとかも一緒です。感覚が違うのは仕方のないことなのです。

ロール寿司の時にも書きましたが、ロール寿司が生まれたのは、日本の寿司がそのまま受け入れてもらえなかったからです。

それを受けて、「これを理解できないなんて!」と憤るのは自分勝手です。理解してもらいたいなら、理解してもらえるように努力するべきで、一方的に自分たちに合わせてもらおうなんて怠慢です。

もちろん愚直にまっすぐに伝えるのも一つの戦略ではあるのだけど、やっぱり好かれるには努力も必要です。

実際に、先人がそうやって広めようと頑張ってくれた結果(+食以外の文化が広まった結果)、寿司が認知されてきて、改めて伝統的な(日本的な感覚の)ものに興味を持ってくれる人が増えたのです。遠回りだったけど、日本の文化を伝えることには成功しています。

自分が伝えようとする時は、受け入れてもらえるように努力し、自分が理解しようと思うなら感情的にならず一回受け止めて考えてみる努力が必要です。

お互いに相手の文化を尊敬する、謙虚な気持ちでいきたいものですね。

ではまた!

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