【28日目】ロール寿司を横目に思う、日本文化ってなんだろう

学校では、握りや巻物、棒寿司を始めとするいろんな授業があるわけですが、一風変わった寿司を扱うことがあります。

こんにちは、やっとクラスメイトと仲良くなってきたと思ったのに、もうじき卒業なnao@suiheilineです。

さて、海外でもそこそこ有名なsushiですが、当然、日本で食べられるものと海外で食べられているもの、けっこう違います。今日はその中でもメインと思われる、ロール寿司を作った時のお話。

ロール寿司、ご存知ですか?

私もまだよく分からないので、聞きかじりになってしまうのをお許しください。

海外における寿司の特徴として、生の魚を少なめにしたり、海苔をそのまま見せることが少ないというのが挙げられるそうです。そのため、巻物も海苔が見えない裏巻きが主流なんだとか。

裏巻きというのは、海苔を内側、ご飯を外側にして巻いた巻物のこと。ご飯が外側に来るので、その周りにとびっこをまぶしたり、むしろ魚のネタで巻いてしまったり。似たようなものに、手綱寿司手まり寿司があります。

そこに、アボカドやクリームチーズなど、あまり日本では聞かない食材を巻いていきます。もともとの日本の寿司が海外であまりウケなかったことから考案されたのだそうです(たしか)。代表的なのがマヨネーズやカニカマ・アボカドを巻いたカリフォルニアロール

実際に、私も台湾やスペインで目撃したことがあります。

42-1

台湾の夜市に出ていたお店。右側が裏巻きです。あとは稲荷と、普通の巻物もありますね。

日本にもロール寿司のお店がいくつもあるのですが、こちらは銀座のお店。メニューが面白いので、ご存知ない方はぜひ見てみてください。

カラフルで、なんともカワイイ。ちょっと興味があるので、東京に住んでいるうちに行ってみたいです。

まあ巻いてあればいいんじゃん?という軽さ

さて、授業では三種類のロール寿司を作ったわけですが、とりあえず楽しかったです。お料理教室というか、小学校の調理実習というか、そんな雰囲気。なんとなくいつもの緊張感がないように思いました。

例えばカリフォルニアロールを作った時。私は主役であるはずのアボカドを入れ忘れて、「アボカド入ってなかったらカリフォルニアじゃないじゃん」と周囲を笑わせてしまいました。

42-2

カリフォルニアロール・アボカド抜き。もはや違う代物に…

普段の授業でミスをしたらすごくがっかりしますが、今回に限っては教室に笑いを与えられたなーと、それくらい。それくらい、自分が真剣じゃないと気がついてちょっとびっくりしてしまいました。

こう言ってはいけないかもしれないけれど、普段の授業でやっていることよりも数段簡単だと感じたのです。だからちょっと、息抜きというか、そんな軽いノリだった。

ローカライズされた海外の日本料理

念のため言っておきますが、こういうローカライズされた文化って、私は嫌いではありません。決して軽んじたり、馬鹿しているつもりはありません(のはず)。

半年くらい前、日本のコレはこうじゃないんだ!本物はこれだ!と言って海外にある日本文化(?)を正そうとするテレビ番組が流れたことがありました。番組の趣旨があまりに不愉快だったので、すぐに消してしまったんだけれど。

私はそういう、「海外のエセ日本文化(意図的に悪意ある表現をしています。お気を悪くされたら申し訳ない)は間違っている。正さなければ」といった趣旨の考えが大嫌いです。

日本におけるナポリタンが紛れもないイタリアンであるのと同じく、あくまでも、その国における正しい日本文化であると考えているからです。ナポリタンは紛れもなくジャパニーズイタリア料理だと思います。

そういうのはお節介で傲慢な態度だし、世直しクレーマーみたいだと思っていました。

注*世直しクレーマーとは 自分独自の正義に従って、上から目線でいろいろ注文をつけ、まるでいいことをしているかのように悦に浸るクレーマーの総称。原因(商品や接客等についての問題)がないので、なおさらタチが悪い。文句をいうことで自分の優位性を感じることが目的と思われる。

でもモヤモヤする気持ちもわからなくはないかも

上記のように、私はむしろ正しい日本文化(正しいなんてないという議論は横に置く)を押し付けるような行為が大嫌いでした。だから、今までは海外にあるというローカルな寿司について何かを見たり読んだりしても、「いいね、面白いじゃん。行ってみたいな」としか思っていません。でした。

ですが、今回自分で作ってみて、なんだかそれを嫌だなと思う人の気持ちがちょっとわかったような気がしたのです。

海外のお店には、こういうロール寿司の食べ放題のお店や、テイクアウトの専門店があるのだそうです。でも、もし日本人である私が日本料理店だと思ってそこを訪れて、こういうものしかおいてなかったら、それはそれで、なんだか寂しい気がするのです。

料理というものも文化の一つであって、だから料理の面白いところ・良いところっていうのは、ただ食べやすいとかおいしいとか、それとは別の何かもあるんじゃないでしょうか。

これが寿司だぜ!と言われたら、こんなの日本の寿司じゃない!と言いたくもなるかもしれません。寿司じゃない、やっぱりsushiだと。

42-3

ドラゴン(もどき)ロール。これが日本料理と言われると違和感があるのは私だけじゃないはず。こういうのって実際海外ではどう扱われているんだろう。寿司よりも、創作料理だと思うんだけど。創作…和食???

なんでそう感じたんだろう

学校では、うまくできないことばっかりです。寿司を握るのだって刺身を切るのだって、うまくやるのは本当に難しいです。みんな何気なくやっていて、ちょっと練習すれば形になりそうに見えるのに、ぜんぜんそんなことない。

それに比べると、今回のロール寿司は簡単に思えたし、格好がついたから、そう思うのかもしれません。うーん、それはそれで見下しているみたいで嫌なんだけど…

結局、今まで気にしていなかったのは、私にとって寿司は身近なものじゃなくて、ロール寿司が広まっても対岸の火事にしか思えなかったからかもしれません。学校に通ってようやく日本の寿司というものに愛着が湧いたのでしょう。

大切にしていたものを勝手に弄られたみたいな、そんな気持ちかな。新しいものに対する拒否反応かな。それとも、本心では許せないと思っていたけれども、自分がそういう強要する人になりたくないと思って隠してきたのかな。

考えても分からなくなってきた…

42-4

ソフトシェルクラブ(脱皮したてのカニ。カニとしていちばん弱っている時を狙われたもの)を使って仕上げた残酷なロール寿司。カニの足を蜘蛛の足に見立てたところから、スパイダーロールというんだけど、この発想はちょっとすごい。

文化とは環境に合わせて育っていくもの

でも断言できるのは、これも一つの新しい文化だということです。日本の今までの文化(日本料理)と同列に扱っては混乱してしまうけれど、紛れもない海外の寿司文化。

文化とはこうやって、拒否されて、改善されて、受け入れられて育つもの(大げさに言うと)。だから、こうして育ったものは、一般に言われる典型的・伝統的日本文化とは違うものです。

それを、外側の人間(私を含んだ日本人も)が許せないとか受け付けないとか、言っても一切意味がないのです。不快だとか好きじゃないとかむしろ嫌いだとかあるかもしれないけれど、そういう感情は関係はない。

できることは、そこにあるものを、そのようにあるままに受け止める(必ずしも受け入れる必要はない)だけ。正しい文化なんてどこにもないのだから。これは、環境に合わせていくつにでも変化し・分岐していくのだから。

海外で生まれた、カリフォルニアロールをはじめとするロール寿司と新しい寿司文化。その時代は、今よりも日本文化が知られていなかった時代なんじゃないかと思います。だとすると、ロール寿司は確かに日本の寿司が受け入れられなかった結果だけれど、むしろ日本文化に興味を持ってもらう入り口としての役割を果たしてくれたのかもしれません。

ロール寿司の授業は自分の中の矛盾した気持ちを気づかせてくれたようです。ローカライズされた新しい寿司文化を面白いと感じつつも、それじゃないんだと拒否したいような気持ちを。

好きだけど嫌い。

アンビバレンス。(違うか)

私は世界に存在する日本料理についてはまだまだ無知なので、各国の(特に日本人以外経営の)日本料理店を訪ね、これからも考えていきたいと思います。日本人は海外に比べて食べるものにこだわりがあるという話も聞いたような気がするし、そこらへんの認識も知りたい。

日々勉強です。

それではまた!

フォロー

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です